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心の瞳


自分の定期検査でO先生の入院している大学病院に行けば、やはりO先生の病状も気になるわけで、何となく二人の担当医に質問してみた。

Y先生の場合、前回のO先生の発病時には自分から口を割らなかったので、抽象的に攻めてみた。O先生の教え子でもあるので、身内を守る精神から口が硬いのだろう。「O先生が療養に入られましたね。それにしても今回は療養期間が長過ぎます」と言ったところ、俯きながら「まあ…、いろいろと関連することもやらなければならないので…(モゴモゴ)」と仰るため、外堀を埋めるための確認で「再発ですか?」とサラッと訊ねると、Y先生は「再……発では…ない……(モゴモゴ)」という歯切れの悪さである。看護師が近くにいたので具体的な話は避け「前回と同じ臓器ですよね?」と質問を変えてみたところ「う、ん……(モゴモゴ)」と仰るので、「そんなのよろしくなさすぎます!」と言ったところ、「う、ん……(モゴモゴ)」と仰った。これだけであったが、自分が想像していた通り、O先生の病状はとてもよろしくないと確信した。

Y先生の後にW先生にお会いした時は、おそらく今までになく笑顔でいたと思う。だから驚いたW先生は「お元気でしたか?お変わりありませんか?」とお気遣いの言葉をかけてくださって、つい懐かしいK先生のことを思い出した。やはり笑顔の力は凄いんだなあ。こちらでは訊き方を変えてみた。治療に関して込み入った話をした後に本題に入った「O先生はお元気ですか?今こちらに入院なさっていますよね?」と質問した。それに対して「どうしてそんな個人情報をご存知なのですか?」と驚きを隠せない先生に「病院からご連絡をいただきました」と言うと「そうでしたか…。状況としては、極めて良くない状況です」と仰った。この「極めて良くない状況」とは、万人が医師からあまり言われたくない言葉ではなかろうか。しかし、患者相手でも本心で話してくださるこの姿勢は信頼に値するだろう。

退室する時に振り返ると、W先生がこちらを見ながら「O先生の容態については、随時お知らせします」と仰るので、咄嗟に出た言葉は「よろしくお願い致します。(O先生に)よろしくお伝えください」であった。

前回、W先生に「なぜ今なんですか?(なぜ今臨床試験をやりたいんですか?)」と訊かれて「O先生が関われるうちに参加したい」と言った。自分としてはO先生が代表として関わるという意味であったが、W先生としてはその一言が気にかかったのか、先生ご自身の判断ミスでエントリーができなかった患者のために、別の方法で同じ治療ができないか模索してくださった。でも、その手段は一度しか使えないため、ベストなタイミングで使いたいのと、現状として内服で動きが出てきたので、しばらく様子をみたいと伝えたところ、W先生も同じお考えであったので、保留とした。やはり治療とは、知識と経験から判断するもので、副作用のリスクも考えると何でも飛びつくわけにはいかない。

W先生とはいろいろあったが、結果的に自分の考え方を伝えられて、自分のやりたいように治療方針を立てられるようになった。それはこの先生に傾聴力があるからだと思う。そして、影の功労者はO先生であろう。「何か誤解されているみたいで、自分の治療に対しての考え方が伝わらない」「質問しても全然教えてくれない。自分で調べてくださいって言う」と愚痴ったことで改善されたように思う。その逆襲なのか、このFREEDOMすぎる患者に「Agreeします」や「それについてはAngryです」と言い出すようになった。つい「暇か!」と言いたくなるが、きっとこの先生なりのユーモア(無駄な抵抗)なのだろう。

O先生と約束している半年後の外来では、長い治療を一旦終えた先生を笑顔で迎えられますように。そして、いつものように心穏やかに過ごせますように。ここまでお世話になったのも何かのご縁。わたしには何もできないけれど、先生を待つことはできる。そんなことが一番大事じゃないかなと思うこの頃である。

ここを見てくださっている方は後悔なく生きていただきたい!皆さん幸せに過ごしていただきたい!そこんとこお願いだから、よろしくですよ!!
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[2017/03/14 22:46 ] | ひとりごと
変わらないもの


ちょうど一週間前にO先生の勤務先の病院から電話があった。「このお電話はO先生の指示のもと、おかけしています。この度先生が療養されることになりました。すぐに終わるような治療ではないので、先生の外来は半年休診となります。もちろん代診もありますが、次回の予約を半年後に変更させていただいてよろしいでしょうか」という内容である。

大学病院の担当医W先生の対応に納得ができず、12月にO先生に相談に行ったところ頭ごなしに怒られ、その理不尽さから先生のところに戻りたいとはとても言えなかった。そして、次回の予約票すらも渡されなかったので、もうお会いすることもないと思っていたのに、今回の連絡である。今冷静に考えると既にあの時には、自身の体調の変化を自覚していたのかもしれない。

わたし自身、連絡をいただく二日前から、原因不明の背中の激痛に苦しんだ。昨年先生が体調を崩された時は腰が痛く、しばらく歩行も困難であったので、連絡を受けた時には「やはりそうでしたか」と受け答えたことで、連絡者の女性医師は少し動揺した様子であったが、それからはすっかり身体の痛みが消えた。

長期に渡る治療には、生への執着が必要であることは確かだ。そして、それを支えるものは家族であったり、仕事であったりするのではないか。おそらく先生にとっての仕事とは、生きる証のようなもので、そのための半年後の外来予約なのだろう。

まあ、こんなにも手がかかる患者を置いては心配で死ねないと思うので、今回も大丈夫ではないかと楽観する気持ちもある。それでも、どうにもならない時は、心のオアシスY先生は何も仰らないとしても、W先生であれば、また「会いに行ってあげてください」と仰るだろう。

先生にとってのわたしという患者は、長い付き合いからつい気を許して何でも話してしまう相手で、わたしにとっての先生は、「対等でありたい」と望む患者の気持ちを最大限尊重してくれる稀有な医師なのである。そんな様子を見て、過去に他の医師から無遠慮な質問も受けたが、世俗的な関係でないからこそ、尊いのだ。これに関してはわかる人にだけわかればいい。

半年後の外来に向けて、まさに今、先生の治療が行われているが、自分ができることは、快復を心よりお祈りし、信じて待つことである。その想いから久々にブログを更新した。
[2017/02/14 20:25 ] | ひとりごと
rain


およそ三ヶ月振りにO先生にお会いした。
「どうした?」といつものように尋ねるので、
「W先生が『先生が体調を崩されているようなので会いに行ってあげてください』
 とおっしゃっていて、何の冗談かと思ったんだけど」
「それが冗談じゃないんだよ、○○(臓器)やっちゃった」
「これじゃ『意外と元気そうじゃない?』なんてとても言えないじゃない?」
と、すっかり風貌の変わった先生に向って、八つ当たりするしかなかった。

先生はわたしが去った月の月末に病気を発症し、
大学病院に救急搬送されてそのまましばらく入院していたそうだ。
「先生、お痩せになった…」
「体重が20キロも減って、退院後は外来が大変で
 終わるといつも『はあ〜』ってやってるんだよ」と力なく笑う。
「先生、死んじゃう…」と半泣きで言うと、
「みんなもそう思ったんじゃない?」とおどけて言うが、全然笑えない。
病名を訊いて、更に確認すると「癌じゃない」と言った。
「原因は何?ストレス?」と訊いたら、黙った。
「わたしが与えたストレス?もうヤだ!」と言っても、黙ったままだった。
否定すらしてくれない。悲し過ぎて自分の体を壊すなんて、どうかしてる。

気を取り直して、これまでの治療の経緯を報告した。
ちょうどこの日は、厚労省の会議に
先生の代理で、W先生とI先生が参加していると教えてくれた。
同日にわたしが先生のところを訪れるとは不思議なものだ。

「先生は前にM先生とY先生の両方に通えばいいって言ってたじゃない?
 だから、ここでも両方に通うよ」と伝えた。
そして、患者が勝手に次回の予定を決めて、予約を入れてもらった。
こんな状態の先生を放っておけるほどの冷淡さは持ち合わせていない。
先生にはいつまでもお元気でいてほしい。
わたしの願いは、ただそれだけだ。
[2016/06/24 20:08 ] | ひとりごと
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