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川べりの家


紆余曲折あり、O先生の後任の専門医にお世話になることになった。
新しいW先生は、想像していたより良さそうな感じの先生で、
病気に対する認識も今までの先生と同じであったので、安心した。
臨床試験については、わたしの身体が新薬の副作用に耐えられないと判断し、
今後承認される副作用の少ない薬が使えるようになったら考えましょうとのこと。
この即断力も自分の求める主治医像として、申し分なかった。

徐々に自分に馴れて来たと思ったのか「早く馴れてください」とおっしゃって、
個人的な質問を立て続けになさるので「もう年なんです」と突っぱねてみると、
「同い年ですよ?」とおっしゃっるので、生年月日を教えてもらい、
「わたしのほうがお姉さんですね?(にっこり)」と牽制してみたら、
「そんなことはいいじゃないですかあ」とおっしゃりながら、
「老眼はどうですか?僕は最近…」と、自分語りを始めた。
患者への気遣いであるのか、終始テンションが高かった。

外来の終盤で「O先生から先生のお話しは伺っています」と自白したところ、
「何と言っていましたか?」とおっしゃるので、
「『上昇志向が強いから、そのうち教授になるよ』とおっしゃっていました」と
O先生の言葉をそのままお伝えしたら、大袈裟にずっこけていらして、
「何と言っていいのか、、、どうもありがとうございます」とおっしゃった。
その流れでO先生のところにも行ってもよいかと確認したところ、快諾された。

今回、W先生の外来の前に、心のオアシスY先生の外来で、
M先生に嫌な思いをさせられたので、新しい先生とやっていく自信がないと言い、
診断はO先生にお願いするから、検査をY先生にお願いできないかと持ちかけた。
ここでの検査は、通常同時検査不可な項目を、
わたしのワガママからO先生が病院に申請して認めさせたものを継続している。
Y先生は「自分では責任が取れないから、新しい先生に話して」と言い、
がっかりしている患者に「自分が偉かったらできたかもしれない」と言った。
これまで自分のワガママが通ったのは、O先生が偉い先生だからだ。
それが抜け切らずに、Y先生にそんなことまで言わせたことが申し訳なく、
「今までわたしが接してきた先生方は皆さんお偉くなりました。
 先生もこれからどんどん上にあがって行きますよ」と、本心で言った。

W先生が外来の最後に
「O先生によろしくお伝えください」とおっしゃるので、
「気が向いたら行きます」と言ったところ、
「この間、O先生にお会いしましたが、
 体調を崩されているようなので、会いに行ってあげてください」と伝えられた。
顔を真っ赤にして、バイバイと手を振っていたO先生を思い出すと
皆さんにご迷惑をお掛けしているのは明白で、責任を感じて「はい…」と返事をした。

O先生は、昔お世話になったK先生の真似をして「行かないでほしい」という意味で
日付を入れずに紹介状を作成したが、患者にはそれが重く、その想いを無視した。
けれども、どう抗っても戻らさせられてしまうのだなあ。
経過報告とダブル主治医の依頼ついでに、会いに行ってあげるでござるの巻。
[2016/06/21 21:24 ] | ひとりごと
Joyful, Joyful


まさか褒めるつもりが、静かに罵ることになるとは、我ながら平常運転である。
家族会議で決定したことを伝えただけなのに、逆上する医者ってどうよ。
他の患者さんとの会話からもイライラは伝わって来たが、
医者が自分のストレスを患者にぶつけることは、如何なことかと思う。
左遷して島流しに遭っても、長年培った性格やその人の資質は変わらないのだ。
その変わらなさについて、淡々と嘆いたが、もうどうでもよかった。
「なんか間違えちゃった。書類は書いておいてくださいね」と静かに伝えたら、
「お大事に」と消え入りそうな声で言っていたのでダメージは与えたと思う。

今回、ヘモグロビンが過去最低値となったことも質問したが、これにも逆上した。
「血液内科がないから、あるとこじゃないと何もできない!!」と言うので、
「わたしぃ〜、大学病院に行ってますぅ〜」と更にイラつかせてみたところ、
「Yに言ってぇ〜!!血液内科紹介してもらってぇ〜!!」とキレたので、
これからは、堂々とY先生のところで貧血の治療もできる。
こうした相手を感情的にさせて誘導するやり方は、M先生に学んだ。
M先生との会話は常に自分の感情を抑制するものであったし、
双方で淡々と言い合う口喧嘩は相当な訓練となった。

貧血の治療として、Y先生は点滴を奨励したが、とりあえず内服から試す。
予約時間よりも一時間半以上遅れた激混みの外来であったのに、
いつもと変わらずに穏やかで親身にいろいろと考えてくれるY先生が有難くて、
「ナイショでやってみる」とニコニコ笑顔で言ったところ、
「え?!言って!」とY先生が言うので、
「きっと、何も言わない(文句は言えない)と思うよ。
 だって、いつも結果も『こんなもんだね』って渡すだけだもん」と言ったら、
「え?!」と、絶句しているY先生が面白くて、更にニコニコしてしまった。
きっとこの件も、Y先生はM先生に報告するのだろう。
先日の内視鏡でも、当番でないM先生が内視鏡センターを徘徊していたので、
一応、Y先生に「M先生によろしくお伝えください」と言っておいたが、
極力、お世話になることは避けなければならない。

Y先生とああでもないこうでもないと相談しながら決めて行くのがとても楽しい。
この天使のような心のオアシスがなかったら、わたしはずっと不機嫌のままだった。
今年は心穏やかに新年を迎えられそうでござるの巻。

皆様も、よいお年を!
[2015/12/30 00:24 ] | ひとりごと
GROWN UP CHRISTMAS LIST


2015年ももう少しで終わりだが、クリスマス気分は、
毎年1月に開催されているD社最大のイベントのスプリングコレクションでの
T先生枠のお誘いを受けた11月上旬に、なんとなく終了した。

さて、主治医O先生の外来で、前の患者さんが異様に長かった。
20分経過後、次回の日程決めから10分で、合計30分である。
深刻な病状であれば、致し方ないことだが、どうも違うようだ。
たまたまなのか、自分が稀な超聴力を持っているのか定かではないが、
ここの中待合室は、先生の声がよく聞こえる。
初めて来た時にそれを指摘したこともあり、今はBGMを流すようになったが、
その音とは明らかに違う先生の声だけが浮き彫りとなって、こちらに届く。
「娘さんたちの結婚式に出たければ、長生きをするために薬を飲みましょう」
「そりゃあ、副作用はありますよ?」と言ったので、副作用の質問が出たのだろう。
60歳くらいの女性患者さんは、内服に警戒したらしく、
30歳代のお嬢さんを二人もお連れになり、説明を受けていた。
時間経過とともに、先生の語尾が強くなり、イライラがこちらにも伝わって来る。
そして、「薬を飲むことはご自分が決めることです」と言い放ったが、
それでも、内服了承までには至らず、次回に持ち越しとなり、
最後に「また三人でどうぞ」と言って、ようやく終了した。

前の患者さんたちが退室後、すぐに自分の名前が呼ばれたのでドアを開け、
「 く び ノ ビ タ 」と少し脱力しながら言ってみたところ、
「長かったよね」と言うので
「薬飲めって、わたしから言ってあげたかった」と告げ、
「終わるかなと思ったら、そこから10分、ふう」と机を見ると何もないので
「先生、ないない!ないない!」と言いながら机をポンポンして結果を催促すると、
「ここにあるある。早くお呼びしたかったから。今出すね」と言ってプリントした。

いつものように一通り検査結果に目を通してから顔を上げると
「今回は○○○○しないかもね」と先生が言うので、わたしも「うん」と答えた。
前回同じような状況になったのは、まだ内服を開始していない9年前くらいの話だ。
内服でようやくここまで来れたが、昨年とほぼ同じ状態である。
昨年、O先生にM先生の愚痴を「同僚の悪口は聞きたくない」と言われてから、
「悪口じゃないもん」と反論はしたものの、それ以上の不満は言えずにいた。
が、今回、待ち時間が長かったことで、いろいろ思い出したこともあり、
「あっちでこっちの話はしちゃダメって言ったけど、
 こっちであっちの話をしてもいい?悪口言ってもいい?」と断ってから話し始めた。

M先生から「今の状況で連日にしたらどのように動くか興味がある」と言われて、
「先生の興味だけで連日は無理だから!」と断ったら、
「中途半端に飲んでるから、こんな数値にしかならない」と責められたこと。
本当は薬を倍飲みたいし、他の治療も試したいのに言われ放題で悔しかったこと。
この春から先生の代わりに入った専門医が検査結果待ちにイライラしていて、
気付けば当日検査をやめて、患者さんから主治医替えの申出を受けていたこと。
「でも、わたしはどっちかと言えば、その隣のS○先生のほうがいいな♪」と
どうでもいい個人的な感想も交えながら、明るく伝えてみた。

M先生については、ただ黙って聴いていたが、それで構わなかった。
他の治療に関しては、米国で今までにない成果を出した治療があったので
今、日本でも国が新たにその治療を進めようとしているとのこと。
他大学病院からきた新しい専門医については「ぼくと仲がいいよ」と言い、
当日結果なしについては「他のところでもそういうところあるし」と小声で言う。
確かにそういうところもあるが、先生自慢の大学病院ではガッカリな話だろう。
隣のS○先生については「Sちゃんはとても誠実な先生」と言い、
目を見開いて「Sちゃん?」と有り得ない適当なニックネームに驚いていたら、
「でも、前に患者さんがイヤって言ってぼくのところに回されて来たことがあった。
 けど、いい先生」と言い、きっと私さんはイヤって言うから無理と言わんばかりだ。
ついでにY先生の外来の時に、Sちゃん先生と新人先生が仲よく二人で
「何、話してるの?」って感じで、覗きに来たことも教えた。
O先生のお気に入りであり、M先生を無能扱いした患者である。
その患者がY先生と何か雑談をしている。
どのような患者か把握したい気持ちは理解するが、本当に迂闊なことが言えない。

いつものようにお礼を述べてから、ドアの前で振り返って、
「これから(中待合室で)待つんだったら、外で待ってたい」と注文をつけた。
他の患者さんの治療の話が、耳に入って来ることがとても苦痛であった。
で、「どーも」と言う先生に「どーも」と返す患者のいつもの挨拶で終了。
これだけ話して、所要時間は10分。スバラシイ。

家に帰ってから、あることに気付いた。
見覚えのあるとても大切な検査項目が、さりげなく追加されていたのだ。
わたしが気付くのをじっと待っていたのだろう、全然教えてくれなかった。
次回の外来で、久々に現在のこの大切な数値を知ることが出来る。
その外来が、5年振りのクリスマスイブ外来だ。
実は6年前までは、何故かいつもクリスマスイブは外来だった。
そのことで、「クリスマスはいつも病院…」と嘆いたところ、
それからは、クリスマスには絶対に外来が被らないようにしてくれたのだ。
今回は前回の日程決めの時から、予想ができていたので、こちらから了承したが、
予約票を見ると、普段より30分遅く、自分の知らない30分単位での予約だった。
こちらでは検査が早く出ても予約の順番が重んじられるため、きっとラストだ。
この患者であれば、絶対に喜ぶという確信の元に用意されたサプライズギフト。
クリスマスイブに異様にこだわる先生であったが、天晴れ過ぎて言葉にならぬ。
「病院の体制を立て直したら、呼ぶから」と約束してから早1年9ヶ月。
大学病院と同等の検査ができるほどに、見事に病院を立て直した。
昇進の件もまだ触れていなかったので、今回はしっかり褒め称えよう。
気付いたことはその時に惜しまずに伝える、それがわたし流である。

毎年恒例の大学病院での内視鏡は、細心の注意を払っていただき手厚く行われた。
師長と思われる方から「先生はわかってくださってますよ」と聞かされた。
悲しいかな、自分の意思とは無関係に脈拍血圧が活発になる体質である。
昨年は深い眠りにつけた鎮静剤も、今年はそこまで効かず、
「寝てないの?」と驚く先生に、無意識に「うん」と答えてしまい
「話しちゃダメ!」と言われた時には既に遅し、
ウゲゲゲ〜と涙を流しながら苦しんだのであった。
意識が朦朧としている患者に話しかける先生も先生だと思うが、
眠っているはずの患者がモニターを凝視していたことに驚いたらしい。
基本、モニターは自分も見ていたいので、出来れば眠りたくない。
内視鏡を操作しつつ、患者の様子も把握する先生はやはり優秀である。
昨年はすっかり安心して寝息を立てていたのかと思うと恥ずかしい。
高度な技術を持つと定評のあるY先生の内視鏡で
こんなにも無駄に緊張して苦しむ患者はあまりいないだろうに…。

今年も大学病院の年内最終日にY先生の外来予約が入っている。
昨年末、Y先生につまらない嘘を言わせたM先生に腹を立て、
不甲斐ないY先生には、本気で怒り、平謝りさせた患者であるが、
あれからY先生が患者に遠慮せず言いたいことを言うようになった。
魂のぶつかり合いから、関係性を深めたのであろうか。
誠心誠意で尽くし、本気で応えてくれる。
Y先生はわたしのよく知る先生に似ている。

強い怒りや哀しみは、他人にさとられたくない。
それがいいか悪いかは別にして、本当の意味での心穏やかな人になりたい。
自分の未熟さを受け止めてくれる人がいることに感謝する12月でござるの巻。
[2015/12/15 00:10 ] | ひとりごと
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