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変わらないもの


ちょうど一週間前にO先生の勤務先の病院から電話があった。「このお電話はO先生の指示のもと、おかけしています。この度先生が療養されることになりました。すぐに終わるような治療ではないので、先生の外来は半年休診となります。もちろん代診もありますが、次回の予約を半年後に変更させていただいてよろしいでしょうか」という内容である。

大学病院の担当医W先生の対応に納得ができず、12月にO先生に相談に行ったところ頭ごなしに怒られ、その理不尽さから先生のところに戻りたいとはとても言えなかった。そして、次回の予約票すらも渡されなかったので、もうお会いすることもないと思っていたのに、今回の連絡である。今冷静に考えると既にあの時には、自身の体調の変化を自覚していたのかもしれない。

わたし自身、連絡をいただく二日前から、原因不明の背中の激痛に苦しんだ。昨年先生が体調を崩された時は腰が痛く、しばらく歩行も困難であったので、連絡を受けた時には「やはりそうでしたか」と受け答えたことで、連絡者の女性医師は少し動揺した様子であったが、それからはすっかり身体の痛みが消えた。

長期に渡る治療には、生への執着が必要であることは確かだ。そして、それを支えるものは家族であったり、仕事であったりするのではないか。おそらく先生にとっての仕事とは、生きる証のようなもので、そのための半年後の外来予約なのだろう。

まあ、こんなにも手がかかる患者を置いては心配で死ねないと思うので、今回も大丈夫ではないかと楽観する気持ちもある。それでも、どうにもならない時は、心のオアシスY先生は何も仰らないとしても、W先生であれば、また「会いに行ってあげてください」と仰るだろう。

先生にとってのわたしという患者は、長い付き合いからつい気を許して何でも話してしまう相手で、わたしにとっての先生は、「対等でありたい」と望む患者の気持ちを最大限尊重してくれる稀有な医師なのである。そんな様子を見て、過去に他の医師から無遠慮な質問も受けたが、世俗的な関係でないからこそ、尊いのだ。これに関してはわかる人にだけわかればいい。

半年後の外来に向けて、まさに今、先生の治療が行われているが、自分ができることは、快復を心よりお祈りし、信じて待つことである。その想いから久々にブログを更新した。
[2017/02/14 20:25 ] | ひとりごと
rain


およそ三ヶ月振りにO先生にお会いした。
「どうした?」といつものように尋ねるので、
「W先生が『先生が体調を崩されているようなので会いに行ってあげてください』
 とおっしゃっていて、何の冗談かと思ったんだけど」
「それが冗談じゃないんだよ、○○(臓器)やっちゃった」
「これじゃ『意外と元気そうじゃない?』なんてとても言えないじゃない?」
と、すっかり風貌の変わった先生に向って、八つ当たりするしかなかった。

先生はわたしが去った月の月末に病気を発症し、
大学病院に救急搬送されてそのまましばらく入院していたそうだ。
「先生、お痩せになった…」
「体重が20キロも減って、退院後は外来が大変で
 終わるといつも『はあ〜』ってやってるんだよ」と力なく笑う。
「先生、死んじゃう…」と半泣きで言うと、
「みんなもそう思ったんじゃない?」とおどけて言うが、全然笑えない。
病名を訊いて、更に確認すると「癌じゃない」と言った。
「原因は何?ストレス?」と訊いたら、黙った。
「わたしが与えたストレス?もうヤだ!」と言っても、黙ったままだった。
否定すらしてくれない。悲し過ぎて自分の体を壊すなんて、どうかしてる。

気を取り直して、これまでの治療の経緯を報告した。
ちょうどこの日は、厚労省の会議に
先生の代理で、W先生とI先生が参加していると教えてくれた。
同日にわたしが先生のところを訪れるとは不思議なものだ。

「先生は前にM先生とY先生の両方に通えばいいって言ってたじゃない?
 だから、ここでも両方に通うよ」と伝えた。
そして、患者が勝手に次回の予定を決めて、予約を入れてもらった。
こんな状態の先生を放っておけるほどの冷淡さは持ち合わせていない。
先生にはいつまでもお元気でいてほしい。
わたしの願いは、ただそれだけだ。
[2016/06/24 20:08 ] | ひとりごと
川べりの家


紆余曲折あり、O先生の後任の専門医にお世話になることになった。
新しいW先生は、想像していたより良さそうな感じの先生で、
病気に対する認識も今までの先生と同じであったので、安心した。
臨床試験については、わたしの身体が新薬の副作用に耐えられないと判断し、
今後承認される副作用の少ない薬が使えるようになったら考えましょうとのこと。
この即断力も自分の求める主治医像として、申し分なかった。

徐々に自分に馴れて来たと思ったのか「早く馴れてください」とおっしゃって、
個人的な質問を立て続けになさるので「もう年なんです」と突っぱねてみると、
「同い年ですよ?」とおっしゃっるので、生年月日を教えてもらい、
「わたしのほうがお姉さんですね?(にっこり)」と牽制してみたら、
「そんなことはいいじゃないですかあ」とおっしゃりながら、
「老眼はどうですか?僕は最近…」と、自分語りを始めた。
患者への気遣いであるのか、終始テンションが高かった。

外来の終盤で「O先生から先生のお話しは伺っています」と自白したところ、
「何と言っていましたか?」とおっしゃるので、
「『上昇志向が強いから、そのうち教授になるよ』とおっしゃっていました」と
O先生の言葉をそのままお伝えしたら、大袈裟にずっこけていらして、
「何と言っていいのか、、、どうもありがとうございます」とおっしゃった。
その流れでO先生のところにも行ってもよいかと確認したところ、快諾された。

今回、W先生の外来の前に、心のオアシスY先生の外来で、
M先生に嫌な思いをさせられたので、新しい先生とやっていく自信がないと言い、
診断はO先生にお願いするから、検査をY先生にお願いできないかと持ちかけた。
ここでの検査は、通常同時検査不可な項目を、
わたしのワガママからO先生が病院に申請して認めさせたものを継続している。
Y先生は「自分では責任が取れないから、新しい先生に話して」と言い、
がっかりしている患者に「自分が偉かったらできたかもしれない」と言った。
これまで自分のワガママが通ったのは、O先生が偉い先生だからだ。
それが抜け切らずに、Y先生にそんなことまで言わせたことが申し訳なく、
「今までわたしが接してきた先生方は皆さんお偉くなりました。
 先生もこれからどんどん上にあがって行きますよ」と、本心で言った。

W先生が外来の最後に
「O先生によろしくお伝えください」とおっしゃるので、
「気が向いたら行きます」と言ったところ、
「この間、O先生にお会いしましたが、
 体調を崩されているようなので、会いに行ってあげてください」と伝えられた。
顔を真っ赤にして、バイバイと手を振っていたO先生を思い出すと
皆さんにご迷惑をお掛けしているのは明白で、責任を感じて「はい…」と返事をした。

O先生は、昔お世話になったK先生の真似をして「行かないでほしい」という意味で
日付を入れずに紹介状を作成したが、患者にはそれが重く、その想いを無視した。
けれども、どう抗っても戻らさせられてしまうのだなあ。
経過報告とダブル主治医の依頼ついでに、会いに行ってあげるでござるの巻。
[2016/06/21 21:24 ] | ひとりごと
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